普段の生活でも、キッチン用品や建築資材などで頻繁に見かける「鉄」と「ステンレス」。どちらも似たような金属に見えることもありますが、材質や機械的特性、加工性や価格などで大きな違いがあります。
特に機械設計の現場では、用途に合わせた材料選定が重要になります。
そこで本記事では、「鉄」と「ステンレス」の違いについて、解説していこうと思います。
結論から言えば、「鉄」と「ステンレス」は両方とも主成分はFe(鉄)なのに、元素の配分によって特徴が大きく変わります。
このあたりの違いについても深くご紹介していきます。
鉄について

鉄(Fe)は、地球上で最も豊富に存在する金属元素のひとつです。
古くから人々の生活と産業を支えてきました「鉄」と呼ばれる材料は、実は炭素などの元素を加えた合金「鋼」のことを指しています。
どうしてかというと、純粋な鉄だと強度が脆く実用には向かないので、炭素を0.02〜2.14%程度含ませた炭素鋼(Carbon Steel)にすることで強度と加工性を持たせているんです。
みなさんが「鉄」だと思っているのは、実は「炭素鋼」という材料で、純粋な鉄でできた物質はあまりお目にかかれない材質なんです。
ちなみに、炭素の含有量が2.14%~6.67%程度のものは「鋳鉄」とよばれる材料になります。これ以上炭素量が増えるとまた脆くなってしまうため、炭素の含有量が6.67%以上の材料は、工業用途で使われることはあまりないと思ってよいでしょう。
炭素鋼の種類

炭素鋼にもいくつか種類がありますが、その中でも代表的な材質が以下の2種類です。
よく使用される「SS400」という炭素鋼
SS400は鉄をベースとした鋼材のなかでも比較的安価で手に入りやすく、溶接や切削などの加工が容易なため、非常に汎用性が高いのが特長です。
板材として出回っているケースが多く、板金加工やレーザーカットなどにも対応できますが、焼き入れには適していません。
さらに、錆びやすい素材でもあるため、めっきや黒染めなどの防錆処理を行うことが望ましいです。
このSS400は橋梁や船舶といった大型構造物から、機械や車両など、さまざまな分野で広く利用されています。
鉄や鋼で何かを製作しようと考えたときに、多くの人がまず思い浮かべるのがこのSS400であり、最もポピュラーな鋼材として認知されている材料です。
SS400と並んでよく使われる「S45C」
S45CはSS400と並んで、高い頻度で使用される鋼材の一つです。
SC材の中でも特に一般的な素材として知られており、焼き入れなどの熱処理を行うことで、耐摩耗性や硬度などを調整しやすい点が大きなメリットです。
一方で、熱の影響を受けやすいため、高温をともなう溶接作業にはあまり向いていません。また、錆びやすさにも注意が必要で、油の塗布や塗装などの防錆処理を施すことが不可欠です。
耐久性が重視される機械部品(たとえば歯車などの製造)に重宝されており、機械分野での利用頻度が高い素材となっています。
そのほかの炭素鋼
炭素鋼は、含まれる炭素量だけでなく、熱処理によっても大きく性質が変化します。
炭素鋼の材料記号は、基本的にS(Steel)から始まり、炭素含有量や引張強さなどの数値に合わせて表記しています。
大きく分けると、SPC材・SS材・S-C材・SK材の4種類があります。

ここではステンレスと鉄について記載した記事なので詳しく取り扱いませんが、大まかに区分けするとこのようになります。
炭素量が増えるほど一般的には硬度や引張強度が高まる一方で、靭性(粘り強さ)は低下する傾向にあります。したがって、用途に応じてどの炭素鋼を選ぶかによって、要求される強度特性が異なってきます。
また、設計や製作においては、部品や構造物がどの程度の荷重に耐えられるかを把握する必要があるため、引張強度の計算はとても重要となります。さらに、引張強度以外にも降伏点や破断伸び、疲労強度などの評価が求められるケースもあり、総合的に考慮して材料を選定する必要があります。
ステンレスってどんな金属?

次はステンレスについてです。
ステンレスとは、鉄を主成分として1.2%以下の炭素(C)と10.5%以上のクロム(Cr)を含有する鋼のことを指します。
ステンレスという言葉は、「Stain(錆)+less(ない)」を合わせた造語で、「錆びにくい」という特徴があり、強度も優れているのでいろんな場面で使われている材料です。
ステンレスが錆びない理由
ステンレスの表面にはごく薄い膜が形成されており、これを「不動態皮膜」といいます。ステンレスに含まれるクロムが空気中の酸素と反応することで作られるこの不動態皮膜は、非常に緻密で安定性が高く、外部からの水分や酸素の侵入を遮断する働きを担っています。

この不動態皮膜は、まるで鎧のようにステンレス本体を保護することで、錆びを防ぐ重要な役割を果たしているのです。
皮膜の厚さはおよそ1ナノメートルほどしかなく、1マイクロメートル(μm)の1千万分の1というきわめて微細な厚さですが、このわずかな膜が高い防錆効果を実現しています。
ステンレスの代表例、SUS304
ステンレス鋼のなかでも代表的なのが「SUS304」です。
SUS304は、クロムを約18%、ニッケルを約8%含むオーステナイト系ステンレスで、家庭用品から産業機械に至るまで幅広く活用されている材料です。
ニッケルを含むことで常温から低温領域まで組織(オーステナイト組織)が安定し、耐食性と加工性が向上する点が特徴です。
一般的に「鉄」といえば「炭素鋼」、「ステンレス」といえば「SUS304」のイメージがあります。
鉄(炭素鋼)とステンレスの違いについて

両方とも主成分はFeですが、「鉄(炭素鋼)」と「ステンレス」が別物として扱われるのは、その特性の差によるところが大きいです。たとえば以下のような観点で差が表れます。
- 耐食性があるかどうか
ステンレスの表面には目に見えない非常に薄い膜の不動態皮膜があり、この酸化皮膜のおかげで錆びにくくなっています。一方で鉄(炭素鋼)は、表面処理や塗装をしないと錆びが進行しやすいという特徴があります。 - 機械的特性の有無
靭性・伸び・ヤング率などがそれぞれ異なります。設計や用途によっては変形率や座屈を考慮する必要があります。 - 熱特性の違い
ステンレスは鉄(炭素鋼)に比べて熱伝導率が低く、熱膨張係数が大きいです。これにより、摩擦熱により発生する膨張への対策が必要となります。 - 価格・コストの差
ステンレスの材料価格は鉄(炭素鋼)よりも高く、加工も難しいことが多いです。そのため全体の製造コストや納期に違いがでてきます。 - 用途による選別
耐食性を重視する場合や、防錆処理が難しい場面はステンレスが好まれ重宝されます。一方で、コスト面や強度面で鉄が選択される場合もあります。
機械設計で考える鉄とステンレスの選定ポイント
機械設計での鉄とステンレスの選定ポイントは、以下のような観点から検討していきます。
加工と納期
鉄(炭素鋼)
鉄(炭素鋼)は切削加工や溶接性が良好です。防錆処理が必要なら塗装やメッキを施すことがありますが、それらを含める場合、工程時間が通常より長くなり加工費がかさむ場合があります。
ただし、加工そのものは比較的容易なため、量産性には向いています。
ステンレス(SUS304など)
ステンレス本来の性質である不動態皮膜が表面に形成されていることから、錆びにくくするための塗装工程を省ける一方、切削加工においては熱膨張の影響を大きく受けるため、適切な工具や加工条件の管理が重要になります。
これらの工程が最適化されていない場合、端面に大きなバリが発生したり、摩擦熱による変色などが発生しやすくなるので、結果的に納期が延びる可能性もあります。
防錆処理(耐食性)を必要とするか
鉄(炭素鋼)を使う場合は塗装やメッキなどの処理が必須となる場面が多いです。
一方ステンレスなら表面処理なしでも高い耐食性を期待できます。
ただし、塩害が発生しやすい環境や強酸にさらされる環境では、ステンレスでも適切なグレード選定が必要になります(たとえばSUS316など)。
コスト比較
ステンレス(例えばSUS304)の材料価格は、炭素鋼の約3倍ほどと言われており、重量単価だけで見れば鉄の方が断然安いです。
一方、ステンレスは難削材に分類されているので、加工条件によっては刃物を交換する頻度や加工工数が増える可能性があります。
そのためトータルコストでは思った以上に費用がかさむこともあります。
強度をとるかコスパをとるか、ここは多くの設計者が頭を悩ます課題になっていますね。
物性値での比較
材料の強度や弾性率を示す物性値として、「縦弾性係数」があります。
縦弾性係数は、別名「ヤング率(E)」とも呼ばれており、鋼材を引っ張った際に発生する「縦ひずみε」と「垂直応力σ」を掛け合わせて表すことができます。
これらの関係を数式で表すと、下記のようになります。
$$σ = Eε$$
σ :垂直応力
E:縦弾性係数
ε:縦ひずみ
この式から、応力はひずみに比例するということが分かります。
縦弾性係数は、金属材料の種類によってその物性値は様々です。一般に、縦弾性係数Eの数値が大きい材料ほど、引張応力や剛性が高くなります。
引張応力や剛性が高くなるということは、製品の安全性や耐久性、耐振性などが向上しやすくなり、長時間にわたって同じ部品を使用することができます。
ただし、コストや加工性、重量とのバランスを考慮しながら適切に選択することが重要です。
下記に、主な金属材料の縦弾性係数のデータを掲載します。
縦弾性係数E | ||
(kgf/cm2) | (MPa) | |
軟鋼 | 210 x 104 | 20.59 x 104 |
S50C | 210 x 104 | 20.59 x 104 |
SKD11 | 210 x 104 | 20.59 x 104 |
黄銅 | 63 x 104 | 6.17 x 104 |
銅 | 105 x 104 | 10.29 x 104 |
アルミニウム(純アルミニウム) | 68 x 104 | 6.67 x 104 |
ステンレス(SUS304) | 20 x 104 | 19.3 x 104 |
ステンレスと鉄を見分け方
ステンレスと鉄を見極める際主に注目したいのは、
- 磁石への反応
- 加工のしやすさ
- 錆びの発生しやすさ
という3点です。
ステンレスと鉄は外見が似ているため混同されがちですが、いくつかのポイントを押さえることで簡単に見分けることができます。
まず注目したいのが磁石への反応です。ステンレスは磁石がつきにくいのに対し、鉄は磁石がよくくっつきます。
次に錆の発生のしやすさも大きな違いです。ステンレスは耐食性に優れており、湿気や水分の多い環境に置いても錆びにくいのが特長です。一方で、鉄は防錆処理を施さない限り、錆びが発生しやすくなります。
また、加工性の面でも違いが見られます。ステンレスは硬度が高く、曲げたり切ったりするのに加工の手間がかかったり専用の工具を要する場合が多いのに対し、鉄は比較的柔らかく日曜大工などでも扱いやすいです。
また、ステンレスと鉄の主な特徴をまとめると以下のようになります。
ステンレスの特徴
- 高強度
- 磁石に付きにくい
- 硬くて加工しにくい
- 錆びにくい
鉄の特徴
- 高強度
- 磁石に付きやすい
- 加工しやすい
- 錆びやすい
もし身近な道具や部品の材質が分からないときは、まず磁石を近づけてみるのがおすすめです。
また、屋外での放置や水回りでの使用状況を観察し、錆びの発生状況をチェックすることで、おおよその見当がつけられます。
使う用途や環境に合わせて、ステンレスと鉄のどちらが適しているかを考えながら選ぶようにしましょう。
まとめ
今回は、鉄とステンレスの特徴や違いについてご紹介しました。
一見、鉄とステンレスは似た材料のように見えますが、一つひとつを掘り下げていくと細かな違いがあり、実際の設計や材料選定には欠かせない情報が多く詰まっていましたね。
今回の内容で鉄とステンレスの選び方において重要なポイントが明確になったのではないでしょうか。
それぞれの特性を理解し、使用する場所や目的に合わせて最適な材料を選ぶことができれば、製品の長寿命化や性能向上に繋がるでしょう。